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昭和の御三家 橋幸夫・舟木一夫・西郷輝彦

昭和 御三家

昭和の御三家と言えば、橋幸夫、舟木一夫、西郷輝彦。そんな御三家の方々の昭和の名曲数々、そのヒットした昭和の歌謡曲にまつわる逸話や秘話などをご紹介します。

橋 幸夫 スポーツ刈りいなせな着流し雪駄姿でデビューした17歳

17歳の若さでデビューした橋幸夫。そのスタイルは、いなせな着流しに雪駄(せった)、頭はスポーツ刈りといった「潮来笠」のイメージにピッタリでした。

17歳の若い橋幸夫には、「潮来笠」を「イタコガサ」と読む知識はなく「シオクルカサ」と呼んだと自著に書いています。

逆に、17歳の若さで「イタコガサ」って読めたらビックリ「シオクルカサ」と読んでも責められません(笑) 

股旅ものを17歳の若者に、歌わせたのは作曲家の吉田正でした。

吉田正は、橋幸夫の声の渋さと、独特の節回し、甘美なムードに目をつけて、名コンビの作詞家、佐伯孝夫と相談して、一見、時代錯誤を思わせる「潮来笠」でデビューさせたのです。

橋幸夫は、タイトルも満足に読めなかったこの「潮来笠」で第2回日本レコード大賞新人賞を受賞し、第11回 NHK紅白歌合戦にも初出場を果たし、以降17回連続出場。

通算で、19階に及んでいるが各年度に歌った曲目は、「潮来笠」「南海の美少年」「いつでも夢を」「お嬢吉三」「恋をするなら」「あの娘と僕」「霧氷」「若者の子守歌」「赤い夕陽の三度笠」

「京都・神戸・銀座」「次郎長笠」「子連れ狼」「沓掛時次郎」 「木曽ぶし三度笠」「俺ら次郎」 この間に「潮来笠」は、2回、吉永小百合とデュエットした「いつでも夢を」3回歌っていました。

「いつでも夢を」を吉永と実に息があったデュエットとみられているが、両人が多忙を極めて、スケジュールがなかなか合わなかったため、別々に吹き込むことになったそうです。

先に、吉永小百合が歌い、後から橋が声をかぶせました。作詞は佐伯孝夫、作曲は吉田正のコンビで、第4回日本レコード大賞を受賞しました。

大賞といえば、橋は、作詞宮川哲夫、作曲利根一郎作の「霧氷」でもう一度受賞しているが、昭和41年11月に発売して、1か月足らずで先行していた「君といつまでも」「逢いたくて逢いたくて」を蹴落としての大逆転とした裏には、タブーとされている実弾工作があった?のかと、噂が流れたそうです。

大賞を獲得するしないで、翌年からの出演料や巡業の収入に、大幅な差が出る芸能界に、各賞の受賞の裏には、この手の噂が流れてもおかしくはなかったようです。

舟木 一夫 詰襟姿の学生服で彗星のごとくデビューしたスターの光と影

舟木一夫は、作詞・丘灯至、作曲・遠藤実の「高校三年生」でデビューし、大ヒット、2か月後には、本人が主演した同名映画も当たり、一躍スター歌手になりました。

さらに、「修学旅行」「学園広場」の”学園三部作”で高校生の詰襟イメージが定着されました。

舟木一夫という芸名は、実は、橋幸夫につけられる予定の芸名だったのです。この芸名をつけて学生服で歌うように指示したのは、「高校三年生」を作曲した有名作曲家の遠藤実でした。

舟木一夫の芸名の由来は、水に縁があって、真ん中二つに割っても、左右両者が均整のシンメトリーになって縁起がいいと名づけられたのでした。

舟木一夫(本名:上田成幸)は、名古屋で開催された松島アキラショーに飛び入りで「湖愁」をデュエットして認められて、コロンビアの斉藤昇ディレクターの推薦で、遠藤実の門下生になりました。

まだ少年だった、舟木一夫は、ホリプロにスカウトされ、上京し自由が丘学園高校に転校、夜は作曲家・遠藤実のレッスンを受け、高校を卒業した直後の昭和38年に「高校三年生」を歌うことになりました。

それは、昭和38年第14回NHK紅白歌合戦に初出場をしてから、連続10回の紅白で歌った曲目に現れていました。

「右衛門七討入り」「高原のお嬢さん」「絶唱」「夕笛」「喧嘩鳶」 「夕映えのふたり」「紫のひと」「初恋」そして「高校三年生」と学園モノ、青春ソングが主流になって、抒情歌謡曲で人気を維持していました。

ところが、昭和40年代半ばからグループサウンズ時代となって、舟木一夫の仕事は激減したのでした。

その悩みで、昭和45年と昭和46年に、自殺未遂。昭和47年に、心身不調で三度目の自殺を企てるほどに追い詰められてしまいました。

しかし、舟木一夫はその後、見事に立ち直り、還暦を赤い学生服を着て迎え「高校三年生」を歌うまでに、今も現役で頑張っています。 

西郷 輝彦

西郷輝彦は、私立鹿児島商業高校生の時に、歌手を志して学校中退し、家出し、バンドボーイをしながら大阪・京都・名古屋を転々としているうちにスカウトされ、日本クラウンレコードに入社。昭和39年、「君だけを」デビューし、60万枚を売上ヒットしました。

甘い歌声とリズム感あふれた身のこなしで、たちまちアイドル歌手に躍り出て、橋幸夫・舟木一夫と共に、御三家と呼ばれるように。

同年に、東映映画「十七才のこの胸に」で映画に初出演したのを皮切りに、昭和40年、日活映画「涙をありがとう」や、昭和41年、日活映画「星のフラメンコ」などのヒット曲の映画に、主演し演技力のあるところを見せ、歌や演技ともに、昭和の青春を代表するスターになりました。

自分のヒット曲以外でも、俳優として映画やテレビドラマに出演の中でも、とりわけ、昭和48年のフジテレビ系「どてらい男(やつ)」の主役のもうやんを好演し、俳優としても高く評価されました。

この「どてらい男(やつ)」は、今でも覚えています。浪速商人のお話で、逆境や悪巧みに巻きこまれても、屈せず、頑張り抜く姿に、家族総出で、このドラマは見逃さないように、毎回、楽しみに見入ってました。

昭和47年、歌手の辺見マリと結婚。軽井沢での、この結婚式の模様もTVで放送され、ウェディングドレスとタキシードのお二人が馬車に乗って、教会へ入っていく姿。

残念ながら、昭和58年に、一男一女をもうけるも、性格の不一致を理由に離婚。ご存じの方も多いですが、タレントの辺見えみりは、長女。

長男は、ミュージシャン・プロモーターの辺見鑑孝、長女えみりのご主人は、俳優の松田賢二で、平成23年には、西郷輝彦の初孫も誕生した。

平成2年に、西郷輝彦自身の事務所に勤めていた19歳年下の女性と再婚。現在は、夫人との間に三女がいるそうです。

離婚、再婚しても、実の親には変わりなく、初孫の誕生は、嬉しかったと思います。これで、西郷輝彦もおじいちゃんになちゃいましたね。

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