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昭和 歌謡曲のアイドル達

昭和の歌謡曲は、数々のアイドルたちを生み育てました。新星のごとく現れたスター達の歌や姿の虜になり、ファンになったあの日。懐かしいあの日のアイドルを振り返ります。

三人娘、スパーク3人娘、御三家、新三人娘、新御三家、花の中三トリオと、昭和の時代を駆け上ったアイドルたちを、ご紹介いたします♪

三人娘

昭和30年(1955年)、美空ひばり・江利チエミ・雪村いづみの「三人娘」というアイドルたちが生まれました。

1955年の東宝製作の映画「ジャンケン娘」で、忙しいスケジュールの中3人で共演。それがきっかけとなって「三人娘」呼ばれるようになり、その後も、3人共演の映画も作られました。

三人ともが、素晴らしい歌唱力、それに多数の映画にも出演し、その昭和の時代の代表するスターとして認められていったのです。国民のアイドル、華やかなスターの反面、各々の私生活は、幸せだったかというと、多難でした。

美空ひばりは、昭和37年(1962年)に、俳優の小林旭と結婚しましたが、2年後に離婚。江利チエミは、昭和34年(1959年)に、俳優の高倉健と結婚しましたが、昭和46年(1971年)に離婚しました。

雪村いづみも、昭和36年(1961年)当時、テンプル大学の学生だったジャック・セラーと結婚し、一児・タレントの朝比奈マリアをもうけるが、昭和41年(1966年)に離婚、昭和42年、バリトンサックス奏者の原田忠幸と再婚するも、のちに離婚した。

惜しくも、美空ひばり、江利チエミ、お二人は、お亡くなりになりました。

俳優の高倉健さんもお亡くなりになりましたが、ある番組で雪村いづみさんが、江利チエミ・高倉健の逸話を話されていました。

離婚すると決めて、高倉健さんが東映の撮影所で離婚記者会見の日に、江利チエミさんと雪村いづみさんとNHKに一緒に出演されていたそうです。

江利チエミさんが雪村いづみさんに「トン子、お願いだから東映に行ってきて。健さんにやっぱり別れたくない」って言ってきてほしいと頼まれ、タクシーに乗ってその言葉を伝えに行ったそうなんです。

しかし、「もう記者会見も決まってるし、ダメだ」って言われ、ガッカリして帰ってきて江利チエミさんに伝えると、涙をこぼされたそうです。

その事は、雪村いづみさんは、今でも忘れられないそうです。

スパーク三人娘

昭和37年(1962年)から、同じ渡辺プロダクションに所属していた中尾ミエ、伊東ゆかり、園 まりの三人が司会した「森永スパーク・ショー」から、スパーク三人娘と呼ばれるようになりました。

また、スパーク三人娘も、映画界でも共演を果たしました。

私生活では、中尾ミエ、園 まりは未婚。伊東ゆかりは、昭和46年(1971年)に、歌手の佐川満男と結婚するも、昭和51年(1976年)には、離婚されました。

渡辺プロダクションに所属ということもあり、当時の日本テレビのバラエティ番組「ショボン玉ホリディー」で、ハナ肇とクレージーキャッツ、ザ・ピーナッツ他で、コントとカッコイイ、お姉様方の上手い歌を聴くのが、まだ子供でしたが、楽しみでした。

今もですが、中尾ミエさんは、強くて怒ったら怖いお姉さんってイメージです。

御三家

昭和35年(1960年)代に、昭和の青春歌謡を歌っていた橋幸夫、舟木一夫 、西郷輝彦の3人を称して「御三家」と呼ばれるようになりました。

昭和の御三家と呼ばれるだけあって、歌唱力は、どなたも素晴らしく華々しいご活躍をされていました。

橋幸夫は、「潮来笠」(いたこがさ)などの演歌、吉永小百合とのデュエット曲「いつでも夢を」やその時代の流行の歌を、橋幸夫流で歌って支持されました。

舟木一夫は、制服姿で「高校三年生」でデビューし、青春ソングで当時の人々をのびやかな美声で魅了しました。また誰も耳にしたであろう、時代劇「銭形平次」主題歌でもおなじみ。

西郷輝彦は、「星のフラメンコ」が30万枚の大ヒットを記録し、俳優としても花登筺作品のTVドラマ「どてらい男(やつ)」に出演、高視聴率を得て、俳優業でも活躍されました。

私は、昭和37年生まれなので、小さい時には、御三家の方々は、年末の賞レースと紅白歌合戦で歌われているイメージが強く、お三方とも俳優業もされていました。

特に、西郷輝彦さんの「どてらい男(やつ)」は、子供ながらに毎週欠かさず、家族揃って見ていたの覚えています。

ちなみに、辺見えみりさんは、娘さんです。

新三人娘

昭和46年(1971年)に、小柳ルミ子、南沙織、天地真理は、女性アイドル歌手としてデビューしました。

この三人のデビューによって、また違った新しい形のアイドル誕生の基盤を作ったと言われています。

小柳ルミ子は、昭和45年(1970年)宝塚音楽学校を首席で卒業するも、すぐに芸能界入りし、昭和46年(1971年)「わたしの城下町」でデビュー。

「格子戸 くぐりぬけ♪」と、日本の城下町の抒情的な歌詞とメロディがウケ、160万枚の大ヒットを記録しました。

南沙織は、「 17才」でデビューしました。シンシアと呼ばれ、その当時では、珍しい沖縄県出身のバイリンガルアイドル。

翌年の昭和47年(1972)に、沖縄返還も行われ、抜群のタイミングでアイドルとなりました。

天地真理は、「水色の恋」でデビュー。次々とヒットを連発し、歌にドラマにバラエティと、たちまち国民的アイドルへとなったのです。

平成元年(1989年)小柳ルミ子は、13歳年下のタレントの大澄賢也と結婚するも平成12年(2000年)に離婚。現在は独身。

南沙織は、現役で引退後、昭和54年(1979年)写真家の篠山紀信と結婚。3児を儲けました。

天地真理は、昭和61年(1986年)に、カフェバー経営者と結婚するも、翌年女児を出産し、平成8年(1996年)に離婚しました。

一番、ショックだったのは、白雪姫と呼ばれていた天地真理さんです。天地真理さんの単独バラエティ番組も作られたほど、可愛くて歌も素敵で、ものマネしたものでした。やはりアイドルを続けていくっていうのは、大変なようです。

綺麗でいないとダメ、太れないから食べたいモノも食べれない、運動は欠かせない、おしゃれでないとダメなどなど、一つでもNGなら週刊誌いや今では、ネットで叩かれる。

アイドルって職業は、天地真理さんの今と昔を比べると、よく解る気がします。

新御三家

昭和45年(1970年)代を代表する人気アイドル男性歌手、郷ひろみ・西城秀樹・野口五郎の三人を「新御三家」と呼ばれるようになりました。

郷ひろみは、昭和47年(1972年)に「男の子女の子」で歌手デビュー。今では、ジャニーズといえば、たくさんのグループが活躍しますが、ジャニーズ単独のアイドル歌手として歌って踊れる、さらに、中性的な魅力で人気を得たのは郷ひろみでした。

同年、半年早く西城秀樹も「恋する季節」で歌手デビューを果たします。ロックな楽曲をダイナミックに歌う姿に、郷ひろみとは対照的に、ワイルドで男性的な歌と振りでファンを魅了しました。

野口五郎は、昭和46年(1971年)に「博多みれん」という演歌で歌手デビューするが、全く売れず、2曲目シングル「青いリンゴ」のポップス歌手に転向して、若い女性の人気を得た。

私は、この「新御三家」が、ちょうど、ど真ん中世代で、西城秀樹ファンでした。この当時は、まだレコードでしたから初めて買ったLPレコードが、西城秀樹さんのベスト盤だったと記憶しています。

曲の中では「激しい恋」が大好きで、何度もレコード針をおいてリピート&リピート。

御三家、還暦60代。悲しく寂しい、一時代が終わったように、2018年5月16日に、御三家のお一人、西城秀樹さんが、心不全で亡くなりました、享年63歳

西城秀樹さんは、2003年、公演先の韓国で脳梗塞を発症し、軽度の言語障害の後遺症が残るも、闘病の末に復帰を果たしました。

ですが、8年後の2011年12月20日に、またもや脳梗塞の再発との診断を受け、2週間程度入院、右半身麻痺と言語障害の後遺症が残りましたが、懸命なリハビリに励んでいました。

後遺症が残りながらも、ステージに立ち、同じ病に苦しむ方々に、勇気を与え続けていました。しかし、2018年4月25日、自宅の家族団欒の席で、突然倒れて緊急入院して、意識不明の状態が続きました。

懸命の治療が行われるも、残念ながら、急性心不全のため神奈川県横浜市内の病院で、逝去されました。

大スターでありながら、後遺症の残る体で、ステージに立ち続けることは、苦しくつらかったと思います。西城秀樹さんは、人としても偉大で、素晴らしいスターでした。

花の中三トリオ

「スタ誕」と呼ばれていた、大人気だった日本テレビのオーデション番組「スター誕生」から、まさに誕生したスター、森昌子、桜田淳子、山口百恵、その当時、同世代の中学三年生だったので、花の中三トリオと呼ばれるようになりました。

 森昌子が昭和46年(1971年)に「スター誕生!」に出場し、初代グランドチャンピオンになり、昭和47年(1972)年7月に「せんせい」で、彗星のごとくデビュー。

その頃流行った、ぬいぐるみのモンチッチに髪型が、そっくりで、可愛さとは、かけ離れた歌唱力でたちまち人気者になっていったのは、今でも覚えています。

桜田淳子は、本当にTHEアイドル、同世代に等身大の曲も多く、中でも「わたしの青い鳥」の「ようこそ、ここへ、クッククック♪」と歌マネしたものでした。

山口百恵さんは、伝説になったアイドル。

今までのアイドル像を覆すように、フッと寂しく陰がある表情やデビューしたての頃は、ちょっと大人びた曲が多く、さらに作詞:阿木燿子、作曲:宇崎竜童の「横須賀ストーリー」を機に新境地を見せ続けてくれました。

また、女優・山口百恵として多数の映画・ドラマにも出演。映画・ドラマで共演した三浦友和とは、「ゴールデンコンビ」と呼ばれ、のちに結婚、人気絶頂期に芸能界引退へと伝説のアイドルになったのです。

花の中三トリオは、グループではないのに、3人揃って解散コンサートを行ったほど珍しい人気を博しました。

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